【感想】アドラー心理学

ワーママの皆さん、お疲れ様です。
 
仕事・家事・育児と、毎日猛烈に忙しく過ごしていることでしょう。
特にワンオペの方や、夫は在宅でも実質ワンオペの方(笑)、というかもうワンオペとか関係なく母親全員、とにかく大変だと思います。

ふと我に返って、「私は何をしているんだろう?」なんて考えたことありませんか。
こんな忙しい時に、自分のために立ち止まる時間はもったいないし、考えるくらいなら寝たい・・・かもしれません。

でも、自分自身の時間を無駄にしないために、なるべく後悔のない人生にするために、
今一度、働くことについて考えてみませんか。

目次

私はなぜ働くのか?

「なぜ働くのか」

こういう根本的なことを考えたのは、就活の時以来でした。
世の中の仕組みとか、親になって変わった価値観とか、今の自分って、学生時代の自分とは結構変わっていますよね。
 ・今の生活スタイルが、自分にとって最善なのか?
 ・自分の人生の時間を使っていることを、自分ごととして考えられているか?
 ・明日余命宣告されたとしても、今の働き方を続けるか?
 

上記の問い、私は全て「No」でした。

学生時代の価値観ではなく、今の価値観に沿った働き方、仕事内容に変えていく必要があります。
私も一応、育休明けから時短勤務にしたり、働き方を変えたといえば変えていた。
でも、自分の状況や価値観が、ライフイベントを経るごとに、
徐々に変わっていたことに気が付いていなかった。

新しい価値観が芽生えていることに気が付かず、
時間のなさは効率化で解決。
働く意味を失いつつあっても、環境は変えず、方法だけ変えてみたり。
知識が頭に入ってこないのは、年齢のせいだ、睡眠の質のせいだ、と思ってみたり。

他人と比較し、他人の評価を気にして、他人の価値観で生きる。
そんなつもりは全くなかったですが、結果的にそうなっていた。
学生時代に目指したものは、今の私には当てはまらない。
自分の信念・軸は変わらない、と思い込んでいた。
ずれてくる自分を、昔の軸に戻すことに必死だったような。

昨日の自分と今日の自分、繋がっているようで、少しずつ、着実に変わっている。
数年経てば変わることは当然でした。
細胞だって入れ替わるわけだし 笑

人生の時間を何に使うのか。

なぜ働くのか、を考えるにあたり、自分が家計を支える(一旦を担う)必要があるかどうか。
収入がどれくらいそれが必要か、というのは人によってまちまちです。
やりがいや時間より、とにかく収入を安定させなければいけない人もいるはずです。

また、私のように「働かなければ!」と思い込んでいるだけで、
実はそこまでお金は必要ない、という人もいるでしょう。

一生懸命な人ほど、
働くだけ働いて、使う時間がなく貯金、という人も多いのでは。

余談ですが、
無駄な消費をなくすことも、働いてお金を得ていることと結局は同じだと思います。
だとしたらどちらを選ぶか?
これも価値観・考え方の問題。

「時間」は思っている以上に価値のあるものです。
というか一番価値がある。

雇用されて働くということは、自分の貴重な時間を売って、その対価にお金をもらうこと。
そうやっている仕事中にも、無我夢中で日々の家事・育児をこなしていても、刻一刻と過ぎていく「時間」。
私とあなたで時計が刻む「時間」のスピードは同じでも、
残された「時間」、人生で使える「時間」は平等ではありません。

そう考えた時、急に時間が惜しくなってきませんか。
 

人生の意味とは・・・

何かよくわからないけど、時間を無駄にしているような気がする・・・。

そう思って、立ち止まりました。
今となっては、私は自分の時間の使い方を考えるためにうつを発症したのでは?とさえ思います。

アドラー心理学で、はっと気付かされた言葉があります。


「一般的な人生の意味はない。人生の意味は、あなたが自分自身に与えるものだ。」

引用:『嫌われる勇気』、岸見一郎 古賀史健、ダイヤモンド社(2013年)

え、え、人生に意味ってなかったの・・・?!  衝撃です。

人生に意味なんて、意義なんて、そもそもない。
自分がどう捉えるか、それだけなんです。

有意義に生きなければ、人生で何か成し遂げなければ、
一生懸命になってこそ人生を全うしたと言える、そう思っていました・・・。

続きはまた今度。

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次